< 2004年12月 >
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日記が書けるのは良い事か

日記を書くというのは今日の出来事を覚えておく事ができるという事であり、 出来事に主体的に関係する事ができるという事です。

これは事態に対して思考しているか、という事だと思います。

日記を書こうと言って日記を書けない人たちが沢山います。小論文なども書け ません。

コミュニケーションは普通に見えて実際は変です。

彼らは本当は思考したとおもっていても思考はしていないのでしょうか。

思考できない事は痛みです。思考できない痛みには気づかない方が良いのでしょ うか。

わたしは痛みを持っています。世界に対する痛みです。

わたしはこの世界と自分は無関係だと信じた時があります。世界を捨てたと思っ たのです。世界と無関係だと思っていた時間が長すぎました。自分が世界の中 で生きている、世界の可能性に気づいてそれほど長くなく、いまだに世界との 関係がうまく持てません。

世界と無関係な気がしていたのが本当は誤りであったという事に気づいた時の 痛みは強烈でした。しかし、それは世界そのものをあるがまま信頼する事の始 まりでもありました。

でもほかの人にその痛みが必要とは思えません。

日記が書けない事はいいことなのか。

痛みがない事はいい事なのか。

わたしにはわかりません。

Author: sakito Category: /diary/2004 Permalink: Permalink
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