我慢強さ
自らがどの程度我慢強いのか人はあまり良く知らないのではないだろうか?
それはほとんどの場合我慢しないから知らないのかもしれないが、通常の生き かたをしていれば、我慢は少なくても生きていけるようにはできているようだ。
ただ我慢しなければ当然乗り越えられない事も多い。多いと言っても、我慢と 感じない我慢もある。
なんというかすぐ慣れる。
絶対できない我慢、これが我慢できるかが重要な気もする。
自分がどうしても我慢できない事はなんなのだろうか?
普通そういう事はあえて踏まないのだから知りはしないのかもしれないが。。
わたしは恐らく口頭で物事を最後まで説明したりされたりするのが我慢できな いのだと思う。できるというなら一部で良いので実物を作成してほしいし作成 したいと思うわけだ。
プログラムのソースコードにしてもできるできないと口頭で言うより、一部例 をコーディングした方が良いし、プレゼンテーションも実際の物を一部で良い から作成してほしい。
口頭でどんなに説明しても、、、無理だ。実例を作成すべきであり、実例しか 意味がない。
しかし、実例が作成できる人は本当は少ない。ほとんどが口頭になってしまう。 自分で作成して実例を見せても、実例は極端に情報密度が濃いため、読み取る 方にも能力が必要と言う事になってしまう。
結局は能力という事になってしまうような気がする。。。
つまりわたしの我慢できない事というのは、わたしの知っている事をしらない 事なのかもしれない。
それだと、、、、当然世の中の事すべてが我慢できないと言う事になる。。
人との対話。そういう事に我慢できるかどうか。我慢と言うより自然にできる かどうかが問題なんだろう。
わたしにできるだろうか、、それが。
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