< 2006年01月 >
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何を学ぶべきか

汎用的な知識を学ぶには具体的な知識が必要である。実行するには泥臭くなけ ればならない。

理想は理想なのである。理想的な事とは真実ではない場合が多い。

真実に聞こえる物ほど真実でない場合も多く、堅実に思える物ほど堅実でない 場合も多い。

世間とかそういった事を気にするのでなく、実際何を目指しているのかを考え る必要がある。

一体自分の目的、目標が何なのか。そういった事を知る必要がある。

目的を考えるには、出力の出し方を知らなければならない。あらかじめある出 力をテストしてみるのが最も効率的ではないだろうか。

テストケースの創り方を最も重点的に勉強すべきかもしれない。

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雷光、白梅、鼠

めったに表に出さないが、これはぼくにとっての一種のキーワードです。

Webサイトもレイアウト変更中のままなのでさっさといろいろやろうと思います。

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へたれである

結局覚悟が足りないのか?

いや、、覚悟しすぎているのかもしれない。わたしの場合、最後を覚悟してい る。しすぎている。

わたしの場合、成功するとかしないとかに貪欲でない。人を幸福にするとかに も貪欲でない。

単なる好奇心だけで維持されているにすぎない所が徹底力の不足になっている ような気がする。

最後は、まあ良いや、終わりにすれば良いんだし、ぐらいである。

あまりに最後に近い所に行った事があると、どうもそこを避ける意味を感じな い。あまり最後が恐くないのだし。。

そこに恐怖する意味もない。。あきらめている所がある。

そこがへたれている原因なのかもしれない。

何が強いビジョンがあると良いのだが。

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一人でないと信じるには孤独でないとならない

自分が他者と共にある、と本気で信じるには孤独でないといけない。なぜなら ば、他者を認識すると言う事その物が孤独の始まりだからだ。

本当の意味で他者が他者である、という認識に至るのは意外と困難だと言う事 に人は気づかない。

他者とは自分と違うと言う事であり、自分とは相入れ無い存在である、と言う 事だ。

それが孤独で無くしていったいなんだと言うのだろう。

人は絶対に自分の言っている事を理解しているわけではない、と言う認識は常 に持たなければならない。

どれほどに、理解が進んでいるかのように見えても、それは本当に理解がある わけではない。

そこに在るのは、自分の利益に利用できそうかどうか、と言う事以外にはない のである。

理解できると言う事は、自分の範囲内にかろうじて収まる気がする、という感 じがするにすぎない。

最後までいかに誤解ではないと感じさせつつけるか、それは広報能力の問題に 過ぎないのではないか、

広報は重要だ。どんなに確定していない事でも、広報しておかなければならな い。

自分が何を考えているかは表明しておかなければならない。

簡単ではない。他人、という存在を信じる必要があるからだ。

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ひさしぶりに日付け越え帰宅

帰宅が日付越えた。。。ひさしぶり。

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