概要
ウィトゲンシュタイン
天才、変人、奇人、同性愛者、反哲学、自己否定的、4分の3ユダヤ人、様々な面から様々に評価される。その哲学は、浅薄に読むとまるで自己を否定しているようにも見える。しかし否定や肯定という物を越えた所を記述している。同じ問題を問題としない人には理解はかなり困難。
その哲学の内容は複雑ですが、問題としている点は生涯一貫しているように見えます。何を問題としているのかを正確に認識するのが理解の早道です。
ラッセルの弟子と見てもさしつかえないでしょう。他にもフロイトやその他の影響が見えます。
彼の見つけた問題は、同じ問題を共有した人にしか意味がないかもしれません。ぼくは、その問題の一部を共有したと感じました。当然、まだその問題をいかに解明しようとしていたかの部分は完全に理解していないのですが。。
入門書
ウィトゲンシュタイン入門:永井均
ウィトゲンシュタイン:グレーリング
永井均の書籍は哲学入門という側面がありますが、ウィトゲンシュタインについて十分に説明されている。これでウィトゲンシュタインの問題が理解できない場合は、理解する必要のない人なのかもしれません。
グレーリングは読みやすいです。ただし内容に独特の部分もありますので、本当の入門って感じではないかもしれません。
入門書としては、哲学という物の初学者であれば永井均の書籍を読んでみてください。
人物
いくつか伝記が出版されています。人となりを知るには良いかもしれませんが、哲学者として書かれた伝記には質の悪い物もあるようですので御注意を。
ウィトゲンシュタイン―天才哲学者の思い出:伝記としてはかなりすばらしい。
解説書
『哲学的探求』読解:全集の8巻は翻訳に問題があるので、哲学的探求をまっとうに読みたいならこの書籍で。
ウィトゲンシュタインはこう考えた―哲学的思考の全軌跡1912‐1951
ウィトゲンシュタインのパラドックス―規則・私的言語・他人の心:クリプキ。一般にクリプキのウィトゲンシュタイン解釈には誤りがあるとされるし、事実あやまっているようだが、解釈の仕方として価値がある。
全集
大修館書店 の全集。いきなり全集はとっつきにくいと思います。結局は全集読まないとらちあきませんが。
読む順番としては、3巻の中期の文法、6巻の中期から後期と読み、あとは後期を読み初期にもどり、再度中後期を読むのが良いと思います。
ただ、6巻の青本は文体上では最も読みやすい書籍なので青本から入門するのも一つの手だと思います。ただし語られる問題のレベルは非常に高いので文体で単純に読まないように注意すべきです。
ウィトゲンシュタイン全集 1:論理哲学論考、草稿 1914-1916、論理形式について
ウィトゲンシュタイン全集 2:哲学的考察
ウィトゲンシュタイン全集 3:哲学的文法-1 - 文、文の意味
ウィトゲンシュタイン全集 4:哲学的文法-2 - 論理学と数学について
ウィトゲンシュタイン全集 5:ウィトゲンシュタインとウィーン学団、倫理学講話
ウィトゲンシュタイン全集 6:青色本・茶色本、個人的経験および感覚与件について、フレーザー金枝篇への所見、『マインド』の編集者への書簡
ウィトゲンシュタイン全集 7:数学の基礎
ウイトゲンシュタイン全集 8:哲学探究
ウィトゲンシュタイン全集 9:確実性の問題・断片
ウィトゲンシュタイン全集 10:講義集
ウィトゲンシュタイン全集 補巻 1:心理学の哲学1
ウィトゲンシュタイン全集 補巻 2:心理学の哲学2
年表
関係ありそうな事柄を書いてみる。ウィトゲンシュタイン年表を参考にさせていただいている。
1889:ウィトゲンシュタイン誕生
1903:リンツの高等実科学校に入学
1909:ラッセルのパラドックスに関して手紙を書いている。却下されている。
1911:ケンブリッジのラッセルを初訪問。以後ラッセルから多くを学ぶ事になる
1913:父逝去
1914:ムーアと交流開始
1918:ハプスブルク朝崩壊
1918:論理哲学論考完成
1921:論理哲学論考雑誌掲載
1922:論理哲学論考英独対訳版出版
1928:直観主義の数学者ブラウアーの講演を聞く
1930:ヒルベルトプログラムと呼ばれるヒルベルトによる提案
1931:ゲーデルが不完全性定理発表
1934:青色本完成
1935:茶色本完成
1936:チューリングが「計算可能数についての決定問題への応用」の中でチューリングマシンの概念を提示。チューリングはウィトゲンシュタインの授業を受けている。弟子として認識される事もある。
1950:バートランド・ラッセルノーベル文学賞受賞
1951:ウィトゲンシュタイン逝去
バートランド・ラッセル:1872 - 1970
ジークムント・フロイト:1856 - 1939
ノイマン:1903 - 1957
チューリング:1912 - 1954
参考サイト
メモ
- 世界がこうである、と記述しているのではなく、世界がこうあるのであるから、こうでなければならないであろうという論
- 前期では問題へのアプローチにかなり落ちている点が認められるが、そうとう考えぬかれていて、すごすぎる
- 後期に行くほど問題が明確になっているため、問題その物を理解するなら後期の書物の方がわかりやすい
- だたし後期に行くほど問題へのアプローチが複雑になっているため、その全面を完全に理解する事は困難化する
ウィトゲンシュタインの問題とゲーデルが意図していたかは不明だが不完全性定理で示された物がかなり一致していると感じる。それはあたかも光があたると陰がくっきりと見えるかのようです。
- ラッセルを知る事はウィトゲンシュタインの問題がどこからはじまったのかを知る手がかりになるかもしれません。
- 同性愛者であった事は哲学に影響を与えたのか。またユダヤ人であった事や、裕福な家庭にうまれた事で影響がなかったとは思えない
- ハプスブルク朝崩壊は影響がなかったのかは疑問
- 1903年14歳の時リンツの高等学校に入学しているが、語用(単語の用い方)関係のトラブルがあった模様。通常家庭環境が異なる人が多数いた学校だからと理解されている模様だが、ぼくには疑問。ウィトゲンシュタインはどうも語用関係に問題がある人なのではないかと思われる。それが文章の徹底という方向に向かったと見るのはどうだろうか。
- ウィトゲンシュタインは自分の思考が哲学と呼ばれる事をどう考えていたのだろうか。これほどの広大な物を哲学といって良いのか。その一部を感じただけでも後込みしてしまうほどに広大な世界。理解される事さえも望めない世界を言葉で記述しようとした事に限界を感じる。ある意味で絶望があったのかもしれない。しかし見える世界があまりに広大すぎて、それを信じていたのかもしれない。